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6章  異世界への第一歩




「……ここ、どこ?」 
あたしは一人でどこかの薄暗い所にいた。あたりを見回してわかる事はここがお店とお店が背中合わせで、狭いって事。
どうしてこうなったのかというのかはわからない。気づけば皆はいなかった。 
何が原因かしら。 世界と世界を繋ぐ門を通るときに正面からの突風に襲われて。
それが止んだ後は後で、下から風が押し寄せてきたものだからとてもじゃないけど目を開けてはいられなかった。
多分、下から吹いた風が上昇気流だったんでしょうね……上がり下がりはよくわからなかったけど。
気流に煽られてはぐれちゃった、ってとこかしら。となると町一つ分くらいは離れてる可能性もある。
「困ったわね……」
ここまで乗せてくれた大きな鳥は、あたしが飛び降りた途端に飛び去っていったし。
まさか、地面に足をつける前から迷子になるとは予想もしてなかったわ。迂闊だった。
あたしがはぐれるなんて、おそるべしだわ。普通じゃ絶対やらないもの、こんなミス。
不可抗力とはいえ自分が自分で情けない。それに抗うための力をつけてこそ霊媒師だっていうのに。
日本国内じゃなければ、それは異世界だろうと何だろうと海外なんだから。
事前に旅行のしおりでも作っておくんだった。そして地図が読めなくても見つかる明確な合流地点を書いておけば。
「とりあえず、来たのよね。カシス達の世界に」 
こんな暗い所にいたってどうしようもないし、案外皆、近くにいるのかもしれない。
早く合流しないと。……って言っても、全員ばらばらになったのかそれともあたし一人はぐれたのかもわからないけどね。
まあ、ちょっと周辺を見回して見つからなかったなら目的地へ行くまでの話だし。
明夜という人もとへ行く。王族ってカシスたちがいうんだから当然王城よね、いるのは。
それくらいの推理は一人でも出来るわよね。……靖と、レリがちょっと心配ではあるけど。
美紀と清海は必ず辿りつけると確信してる。美紀は自分で知らない目的地にもたどり着ける子だし。
清海については、どういうわけか適当に歩いてるだけでも目的地に来れるから。本当に謎だけど、高確率で。
もともと霊感が高い子だから、目に見えない存在に知らず知らずのうちに誘導されてるのかもしれないわ。
それはそれで問題ありだけど……今は、まず自分が迷子状態から抜け出さなきゃ。

そこまで考えながら暗がりから抜ける道を探して歩いていると、正面から人と衝突した
「きゃっ」
誰よ。ぶつかって謝りもしないなんて。ちょっとだけど、よろけたじゃない。
あたしもまだ謝ってないから言える立場じゃないけど。すぐ走り去っちゃったし。
ぶつかった本人は帽子を被っていて顔が見えなかった。でもあたしより背が高かったから年上よね。
そいつが走り去った後を睨んでいると誰かに肩を叩かれた。……今度は何なのよ。
「大丈夫か、鈴実」 
うっ、いやな予感。この声、つい最近も聞いたけど良い気がしない。いやいや振り返ると、いたのは。
「パクティ……なんであんたがいるのよ!」 
「つれないなー。どこに行くつもりなんだよ」
敵にそんな事聞かれたって素直に答えるはずないでしょーが。
「あんたには関係ないわ。ちょっと、絡まないでよ」
ええいさも当たり前といった顔であたしの肩に腕を回すんじゃないわよ!
ぺし、と手を払いのけてあたしは光の差しこむ場所へと向かう。その先に人の往来が見える。
あそこへ出れば、人に道を尋ねることも出来る。皆がどこにいるのか把握しなきゃ。
「そう言うなって。迷ってるんだろ?」 
こいつ、意外と鋭い? そう思ったのは足を止めてしまった後。それは無言の肯定でもあって。
「図星? なら、立ち話も何だからあの店に入るか」
そう言ってパクティはあたしの機嫌などお構いなしに腕を掴んで人の往来を越えた先に見える店へと引っ張る。
「わ、ちょっと!」
何なのこいつは。あたしと話がしたいだけ? 嘘よ、絶対何かあるわ。敵だしあたしを攫おうとしたんだから!
ここは理由を作って逃げないと! ……でも、どこに? そう考えている間にも体は店の方へと近づいていく。
暗がりから抜ける、ほんの後数歩のところで絞り出した声は。
「あたしには会わなきゃいけない人がいるの! だから無理!」
「へえ。誰に?」
さらりと言われて、あたしは言葉に詰まった。さっきのでまかせだから。
この世界にいる人であたしが知ってる人っていない……いたわ、一人だけ。
「明夜って人!」
この人なら会った事がないわ。もともと、会う為にこの世界に来たんだし。
でもいちいち敵にまで理由作らなくても逃げれば良いわよね……ただし、こいつ相手に逃げきれるかどうか。
腕を放してくれる気はまったくもって、ないし。まずはこの手から解放されないことにはどうしようもないのに。
「この国の統治者か。……でも、居場所は知らないんだろ? 送ってやるよ」
それならこっちだ、とパクティは来た道を引き返していく。
信じられるわけない。敵で何を考えてるのかわからないから。
だけど、相変わらず腕を掴まれたままそれから逃れることも出来ず。
しばらくは頑張ってみたけど、どうにもならないから引っ張られるまま歩くことにした。
するとあたしが大人しくしたことに気をよくしたのか、ぱっと手を放すと一瞬で腕を組まされた。
「……ちょっとパクティ」
声をかけても、パクティは鼻歌を歌うばかりで気づいた様子はなかった。
何、この超お気楽男は。頭に花でも咲いてるんじゃないでしょうね?
今度遭ったときは頭から水をぶっかけてやることにして、あたしはやっぱりされるがまま。

こんな愉快な誘拐のされ方ってないわよね?
ないなら、まともに明夜って人のもとまで連れていくってことよね。
これで実際に誘拐されでもしたら、ドラマの人質より情けないってことよね……。

簡単に逃げられそうなのに、逃げるのはとうとう無理だった。










私達五人は今、どこだか知らない町の公園にいた。
「鈴実とレリは何処に行っちゃったんだろう」
ちなみにその内訳は私と靖と美紀とカシスとレック。これで五人。本当は七人のはずなのに。
この世界に入った時、二人はいなかった。何がどうなってあの二人とはぐれちゃったのかなぁ? 
「二人とも一緒なら良いんだけど。もしかしたらバラバラかも知れないわね」
 「そんなこと言わないでよー、美紀」
「一緒じゃないとすると、探すのに手間がかかるな」 
「もぉ、靖まで! ……それより、ここ何処なの。カシスとレックはわかる?」
二人までわからなかったら私達、迷ってる事になるんだよね。もしそうだったらどうしよー。
「私はわからないけど……レックならわかるわよね? よくここに来てたんだから」
あれ? 気のせいか、ちょっとカシスが怒っているような。何かあったの?
「お、怒るなって。ここは、ファイステンの街だ。城の手前に直結してる魔方陣が街の中心地にある。それで行こう」
「ふぅん。……さすがは、しょちゅう仕事をさぼって遊び回っていただけはあるね」
カシスの声がやけに冷たい。顔は笑ってるのに。にこにこしてるのに。
レックは目を泳がせて、絶対にカシスの顔を見ようとしないし。
「だ、だから怒らなくても……それが今回、役に立つわけだし、な。なな?」
レックが焦ってる。それに対してカシスは怒りの頂点に達していた。カシスのこめかみに青筋。
「あっちの世界まで知ってたのを思い出して怒ってるの!
私の記憶からどうも抜けてると思ってたら! また私に忘れな草でも嗅がせたんだよね!?」
カシスがレックの首を掴んでガクガク振った。だ、大丈夫かな。レックの目、生気抜けてるんだけど。
すっごい剣幕でカシスが怒鳴る怒鳴る。周りの人達が一斉に私達を見たけどすぐ視線は戻った。
この世界だと、魔力を持たない人にも天使とか悪魔の声は聞こえるけど姿は見えないんだって。
本当なんだなあ。さっきの様子だとそんな感じだったけど、なんか慣れてるみたいだった。
だって私たちのほうを見た人たちは皆、またかって顔してやれやれって感じで頭を振ってたし。
それが一人とか二人じゃなくて何十人って人たちだからそんな一斉のやれやれも結構すごいものだった。
……でも、忘却の魔法とか使うんじゃなくて、忘れな草で記憶を消すの?
魔法の世界のはずなのに変なの。面白いけど。









「わーっ! ここ、色んな物があるーーっ」 
やっぱりここって異世界なんだ。今まで見た事ないような物が沢山ある!
移住経験の豊富なあたしが見たことないんだから、皆がみたらもっとびっくりするよね! 
「お嬢さん、これ一つどうだい? 五パスカだよ」 
市場の店の人が声をかけてきた。パスカって、お金の単位の事かな?
「え、どんなのですか? わあ……鏡だ」 
手渡された鏡はシンプルな作りをしてて、でもとても不思議な感じがした。
「かわいー。……買おっかな」 
お金は拾ったものだけど……うん。この際使っちゃえ! 落した人が悪いんだよ。
「おじさん、それ買います!」 
「毎度あり」 
売ってる人に銀貨を五枚渡したらお釣りは返ってこなかったから、この銀貨が一パスカって事かな。
「ねぇ、あれ聖鏡じゃない?」
「ああ。しかし、なんでこんな平凡な店に」
聖鏡? 何それ。
後から声の声に振り返ると男の人と女の人がいた。しっかり腕を組んでるからカップルかな。 
「あら。ねぇ……この子、ラミに似てない?」 
「そうか? 瞳はともかく、髪の色は似ても似つかないだろう」 
「似てるわよー。ほら、この目元とか首筋とか髪で耳隠が隠れてるところとか!」
「それは完全にお前の勘だ」
え……お姉、ちゃん? お姉ちゃんは行方不明だけど、この世界に居る筈ないよ。
だって、あれ? でもでも、考えてもみればこれって別に矛盾したことでもないんじゃ。
この世界にいたなら、イギリスにも、ユーラシア大陸中探しても見つからなかったのも変じゃない?
イギリスの島中、スコットランドの最北端にもイングランドの最南端にも探しに行ったのにいなかった。
ウェールズを越えて、アイルランドにまで行っても詳細を掴むことは出来なくて。
そのときから、変だと思ってた。家出なら、海を越えられるはずのお金を持ってるはずないって。
誘拐にしては、何年と誰からの脅しも連絡もなかった。警察には誘拐の線はないと見切りをつけられた。
家出でもなく誘拐でもなく。お姉ちゃんがこの世界にいて、帰る手段も連絡をとる方法もわからなかったなら。
「ね、ラミに見せてみましょうよ。たとえ赤の他人だったとしても、驚くわ」 
「お前な……」 
「ね、ついて来る? あなたにそっくりな子がいるのよ」
もしかしたら、お姉ちゃんって事もあるかもしれない。行くアテとかないし皆ともはぐれちゃってるし。
可能性はあるかもしれない。だって今まで探してきたけど、どこにもいなかったんだから。 
「行きます」 
「そうそう。名前を言ってなかったわね。私はティカ! 私ね」
「おいっ。……ラーキだ」
「ラーキさん、さっきティカさんが言おうとしてるのを遮るように……へ?」
あたしが首を傾げて呟くと、ラーキさんはティカさんにキスをした。
え。どうしてそこでそうなるんですか……? わけわかめ。
ぐぐーっと、ティカさんが窒息死するんじゃないかってくらいそれはもう熱い奴を。
逃げようにも、いつのまにかラーキさんはがっちり腕でティカさんをホールドしてるし。
あのー。ここ道路なんだけど。人通りがまばらだとはいえ、人がいるんだよ? 他人の目を気にしようよ。
ほんとにそろそろ止めないとティカさん苦しいんじゃないの、ねえ。

あたしのそんな思いとは裏腹に、五分は長いキスが続きました。
その間に好奇心旺盛な野次馬だけが市場に残りました。
その野次馬さんたちは、あたしに掛け値は幾らかと聞いてきました。
どうにも新手の賭け事だと思われたようです。冷やかしかもしれません。
重要なのは、すっかりあたしもあの人たちの知り合い扱いだということです。
「勘弁してぇ……」

もう、何分たったかもわからないくらい。少なくとも野次馬が興味をなくして去るくらいの時間が経って。
「ぷは……あー、ちょっと今回のは息が止まるかと思ったわ……」
「ぽろっと話そうとするからだ。行くぞ」
「あ、そうだったわ。行きましょ……そういえば、あなた名前は?」
「レリです。レリ=スー=キャラル」
ティカさんはあたしの名前を聞くとにっこりと笑って先に行くラーキさんの腕を掴みにいった。私も後を追う。
二人とも見た目は同じ年齢に見えるのに、ティカさんはなんだか子供っぽい感じ。 ……キスは、十分大人だったけど。



「あ、いたいた」 
ラーキさんとティカさんの後について辿りついたのは、大きな木に囲まれた庭園だった。
公園かな? 噴水があるし、その中心に水を噴き出す像が真ん中にあ……れ? もしかしてあの像、宙に浮いてる? 
どういう理屈で浮いてるの、あれ。
「ラミー!」
ティカさんが公園のベンチに座ってる人に手を振った。本を読んでる人に。オレンジがかった、茶の髪を持つ人に。
お姉ちゃんと同じ、色。
「……何? ティカ。それにラーキまで」 
お姉ちゃんは生きているのなら今年で二十才になる。不機嫌そうに本を閉じて目線をあげた顔は、ティカさんと同じくらい。
……間違いない! あたしの覚えてる顔よりもちょっと大人びてるけど、見覚えのある顔に似てる!
「不機嫌だな」 
「別にそんな事……」 
声も確かこんな感じだった。お姉ちゃんはあたしにまだ気づいてない。あたしはティカさんの後ろに隠されてるから。
「お姉ちゃん?」 

お姉ちゃんはティカさんの後ろにいたあたしにやっと気づいた。 
「……レリ? もしかしてレリなの!?」  
「そうだよ、お姉ちゃん! もー、いままでずっと探してたんだからーっ!」 
「レリ……ごめんね、心配かけて」 
お姉ちゃんがあたしを優しく抱いてくれたりするから、もう嬉し涙がでそうじゃん!
「もぉ……ほんとに……心配、したんだよ。お母さんもお父さんも、皆……」
「ごめんね、ごめんね」

「ほーら。あたしの勘、外れなかったでしょ?」
「それは関係ない。こいつが名乗ったときに、さすがに俺も確信した」 
「レリちゃん、この人がラミ。ラミ=フィル=キャラルよ」
「はい。ずっ……お姉ちゃんのところまでつれてきてくれて、ありがとうございます」

あたしはお姉ちゃんにここまで来た事情を話して、明夜って人のいる所まで連れて行ってもらうことにした。
着くまでにあたしはお母さん達のことを話して、お姉ちゃんは自分が何をしていたのか話してくれた。
お姉ちゃんはこの国の調査隊をやってるみたい。驚いたことに、お姉ちゃんを雇ってたのは明夜って人だった!
それで今日もある遺跡の発掘調査をしてたらしいんだけど、そこでお財布をなくしたみたいで。
「だから公園にいたとき不機嫌だったんだ?」
「……ええ。ねえ、レリ。あなた買い物をしてたらあの二人に会ったのよね?」
「うん! ティカさんがね、私が買った鏡を見てラーキさんに話を振ったの」
「その買うお金はどこから出したの?」
「このお財布からだよー。何か、大きな建物のそばに降りたら足下に転がってた」
降りたってお姉ちゃんには説明したけど、ホントは格好悪い着地だったりする。
ビーウィルだっけ? あの大きな鳥の翼から突然ぽいっと投げ落とされて。
ちょうど砂地の上だったから、ぼすっと怪我もなく不時着したけど。
固い土の上だったら命が危なかったなあ。ドン! ギャン! だらーっで出血多量で。
「でね? 不思議なことに、そのお財布を拾って一歩前に進んだらこの街に居たの」
ワープかなあ、あははって笑いながらポケットから取りだした財布をぶらぶらしてたら。
「レリ。あなたが今指でつまんでる、それ……私の財布よ」
「え?」
『がしっ』
「ありがとうっ、ほんっとーに感謝してもしたりないわ。だからもう一度言うわ、ありがとう!」
お姉ちゃんは、あたしが片手の二本指でつまんでるモノを、両手の全部の指、小指まで使ってわし掴んだ。
大きな一対二。小さな二対十。何、この差。何、このお姉ちゃんの執着。
「あなたは最高の妹だわ、レリ。わざわざ私を探してまでこれを届けてくれるなんて」
あっれー? そのとき私は冷や汗を流した気がする。……なんだろう、既視感が。
さり気なくあたしたち家族がお姉ちゃんを心配してた意味を書き換えられた、よ?
「お、お姉ちゃん……?」
「昔からあなたは私がなくしたものをよく見つけてくれる子だったわ。……ね、だから返して」
こ、この展開は……覚えがあった。灰色がかった記憶が甦る。

『あーっ! レリ、その五ポンド通貨! ねえ何処にあったの、それ!? 探してたの!』

昔、お姉ちゃんが家の中からいなくなったことがあって。一家総出で敷地内を捜索した。
あたしはそのとき、まだたった五歳だったから一人だけ家のリビングに残されたけど。
お爺ちゃんが物置部屋にいたお姉ちゃんを発見して、リビングに入った途端言った言葉が……。
あのときと、同じ。既視感の理由はこれだぁ……
家族全員に心配かけておきながら、本人は自分の落としたお金の心配だけしてるっていう。
「たはは……お姉ちゃん、変わってないや……」
あたしは遂に、お財布から指を離した。お姉ちゃんはそそくさとそれを肩掛け鞄にしまう。
本当にこの人が、あたしのお姉ちゃんです。あああ、折角そんなこと忘れて記憶を美化してたのにー。
昔っからお金が大好きだよね。その割にはよく財布を落とすけど。
お姉ちゃんは良い人だったという美化のくもり硝子は、再会して一日も経たないうちに叩き割られた。
「うー。……でもいいもん。これからは美化いらないもん。本物のお姉ちゃんがいるし」
あたしはふくれっ面でお姉ちゃんの腕に抱きついた。お姉ちゃんはそんなあたしの頭を撫でた。
ううう。この撫でかた、絶対に自分の財布が戻ってきたことに対する安心からだ。
お姉ちゃん、溝に落ちたと思ったら地面で開いてた異世界の扉を潜ってたって話してくれたけどさー。
案外、そのときも落としたお財布探してたんじゃないのー?


疑念に内心うずまきながらも。それでも、組んだ腕は……放せなかった。


「あっ……おいあそこ! おーい」
「あれは、レリ!」
「うん、レリだ。良かったー、無事で。……その人は?」
もう少しで着くって所で清海達と再会した。嬉しくなって、あたしは清海に飛びついた。 
あ。お姉ちゃんの腕、あっさり放しちゃったよ。んー……ま、いいや!
「わ! ……っとと、どうしたの? 何か良い事があったの?」
「うん、聞いて! この人がお姉ちゃん。お姉ちゃんずっと行方不明だったけど、この世界にいたの」
夢じゃなかったんだね、お姉ちゃんとの再会は。だってお姉ちゃんがいて、清海たちがいる。
出会ったことのない人たちが。これで夢なら、目覚めたときに泣いちゃうよ、あたし……
現実だよね? 自分の頬を引っ張ったら痛かった。清海の頬を引っ張っても痛がった。
お姉ちゃんは生きてた。この世界で働けるくらいに元気で。心配してたようなことになってなくて。
良かった…………ほんっ、とーに良かったぁ……
「へえっ。良かったね!」
「もうあたし嬉しすぎて泣いちゃいそうーっ」
思わずあたしは清海をぎゅーっとした。
「く、苦しぃ……」
「あ、ごめん」
清海があたしの肩を叩いてから慌てて力を緩める。
「レリ、ほんとに泣いてるわ。涙が出てる」
美紀がハンカチを差し出してくれた。右手で触れてみた。あ、本当。拭かなきゃ。
「美紀、ありがと」
でもいくら目元にハンカチをあてても涙が止まらないよ。嬉しいのに。嬉しいから。
いつまでもぐずるあたしの背中をぽんぽんと清海が叩いてくれる。

そんな風に和んでいたのに靖が一言、冷静に釘を刺した。
「おい、和むのは良いんだが鈴実とはまだ合流できてないだろ」
「……あ☆ 本当、鈴実がいない」
清海が今まで忘れてた、というふうにぽつりと。
「あれ? そういえば、いないね。どうしたの鈴実」
「忘れてた! で、でも鈴実の事だから大丈夫だよね」
「多分大丈夫よ。言葉が通じるだから、何とかできるんじゃない?」
美紀は心配いらないって言うけど、何とかならなかったらどうするんだろ。










「ねぇ、何処に向かってるの」
パクティと腕を組まされて、表通りを進むこと三十分くらい。いまだに歩き続け。
いい加減痺れを切らしたあたしは無駄かと思いつつ二度目の質問をした。また反応なし。
「ちょっと、パクティ」
甘えてるように見られるのは嫌だったけど、仕方なく名前を呼んで自由なほうの手で腕を引いた。
「何処に連れていこうって言うのよ」
「この街から普通に城まで歩いてたら三日はかかるからな。ここから一番近い魔法陣に向かってる」
魔法陣。数学のあれじゃなくて、図形を描いて魔法を起こすほうの?
どんなのかしら。見てみたいものね。もっとも、その言葉がどこまで信用できるか知らないけど。
「後どれくらい?」
って聞いても、もう三十分は歩きづめなんだもの。 まだまだ着くには時間がかかるんでしょうね。
質問をするのはやめにして、パクティが視界に入らない右側の通りを見るとお店のショーウィンドウに目が行く。
ショーウィンドウの一番目立つところにどっしりと腰を据えてるあれは、何かしら。
ブクブクと泡がでてるけど、液体以外なにも入ってないわよね。
少し店からは離れてるから、よくわからないけど。もしあれを振ったらどうなるの?

その少し先を見ると雑貨店もある。 あの雑貨店のほうが、隣のお店より繁盛してるみたいね。
ホウキとか薬草を売ってるお店も探せばあるのかしら。あったらおとぎ話の世界だわ。
服も気になるわね。洋服はあるみたいだけど、さすがに着物とかは無いみたい。

それよりもっと先に見えるのは―――本屋。
歩きながら視線を上げるとあるのは洋風の建設物、下を見れば赤い煉瓦が敷き詰められた補導。
日常じゃ、まず見かけない風景が目の前に広がってる。工事中でもなく、新品でもない古い香りと一緒に。
異世界に来てるのかはともかく、日本じゃないってことだけは確かね。
アミューズメントパークには、こんなに自然な欠けた道や壁はないもの。折角あっても修復されちゃうし。
朽ちた姿がいいからって最初からぼろぼろな外観の建物もあるけど、あれは好かない。
単に壊れてるのじゃいいんじゃなくて、少しずつ崩れていくのがいいんじゃない。生活感があって。
ああ、だからこんなにも生活に溶け込んだくすんだ白壁や端の欠けた赤煉瓦だけでも。
見てるだけでも楽しいし、ワクワクしちゃう。
こうして見ていると自然と笑みがこぼれる。

「おーい」
パクティの声に、渋々左を向くと、目の前でパクティが手を振っていた。 
「あっ!」 
咄嗟に後ずさろうとした。したけど、腕を組んでる状況だから逃れられない。
いけない、今は水先案内人だけどほんとは敵なんだから! ……多分。
いや多分とか何付け加えてるのよ、あたしは。今さっき変なこと考えてなかった、ねえ!?
「何も後ずさらなくても。さっきの笑顔、よかったのに」
「……ばっちり?」
「ばっちり。左を見るとき以外は、ぜ」
「あああああっ。一切! もう喋らないで!」
「ええ? あ、でもその恥ずかしがる顔も良いな」
「だーから喋るなって言ってるでしょーっ!?」
こっの! そんなこっ恥ずかしいことさらりと言ってのけないでよ!
情けないけど顔が今、すこし熱い。何なのよ一体! 人の反応を楽しんでるでしょ。
あたしが腕に力を込めて唸ってるとパクティは目を細めて笑った。
そして唐突に話を切り出した。すっ、と右手で一ヶ所の抜け道を指し示す。
「この大通りを抜けた所に魔法陣がある。つくのにそう時間はかからない」
そういえばあとどれくらいかって聞いてたわ。今になって回答が得られるなんて。
「そう」
でも皆とちゃんと合流できるのかしら? できなかったらそれはそれで考えればいいわよね。
「そのハズだったんだが、少し長引きそうだ。こっち」
とパクティはあたしの肩を叩くと、店と店の間にある狭い路地へと入っていった。
何なのかわからないまま、あたしは後を追った。腕を振って。……あら?
「いつ、あいつは腕を解いたの?」
そんな疑問には店と店の隙間から狭い路地に入った途端かまっていられなくなった。

おかしい。霊の気配がいつもと違う。清浄すぎる。精霊といった類のものの気配しかしない。
普通こんなに大きい街なら少しくらい死霊の気がありそうなものなのに。
でもそういえば、この街に降り立ったときから……死霊の気配は途切れていた。
おかげで気分はとても良かったもの。自分の感情に素直になれた。霊感体質に、そんな時間は滅多に訪れないのに。
それでも、こんなに清浄すぎる空間はあの明るい表通りにはなかった。人が闊歩してることを差し引くにしても。
こんなに淀んでいない空間なんて、異常でしかないわ。

「カフィ。いるんだろ?」

あたしとパクティ以外は誰もいないはずの路地でパクティの声が響く。
すると陽炎のように、カフィが目の前に現れた。
パクティはあっさりと見抜いたけど、全然気づかなかった。近くに居たなんて。
「あんた、わかってる? 生贄にするにしても、今の状態でこの子を連れこんだら皆死ぬのよ」
「わかってるわかってる」
パクティは軽い返事と共に手を振った。そんな反応をみて、カフィは眉を吊り上げて何かを投げた。
何が投げられたかは、わからなかった。でも、パクティはあたしを隠すようにしてカフィに立ち塞がる。
「俺がどうしようとお前には関係ない」
怒ってるのかしら? 今までのへらへらしてた時とは違う。少し鋭く低くなった声。
「関係あるわよ! 下手したら世界を揺るがすことになるのよ!」
「別にそんなこと、どうだって良い。俺には鈴実がいれば」
――――っ! そんな聞いてるこっちが恥ずかしくなるようなこと真顔で言わないでよ!
あんたの今の声、ちょっと格好良かったりするんだから。……歯が浮くってのよ。
「あたしはパクティの嫁にはならないってば!」
掻っ攫おうとして嫁にするとか言ったりするし。敵なのに。 
「目を覚まさせてあげるわ。蒼魔鏡、あの子の力を抜きなさい!」 
カフィは鏡をとりだして、鏡面をあたしに向けた。
それに自分の顔が写っていることを認めた途端、身体から力が抜けていく。
「え……な、に?」 
「カフィには魔鏡が使えないはず……ということは」
パクティが何かを鏡に向かって投げた。それは命中し、割れるかと思えたけど割れない。
「蒼……魔、鏡。チカラ、を、盾……に」 
カフィは息絶え絶えになっていた。それでも鏡だけは手放そうとはしない。
青白い光を自ら生んでいる鏡から何かが現れそうになって――でも、消えた。

『ピキッ』
ひびが入る音が一つ響くと一気に鏡面は割れ、破片となって散った。
それで終わりだと言わんばかりに、カフィは後ろへと倒れ込んだ。
ぷっつりと操り人形の糸が切れたかのように。
それは、霊媒師が霊媒から抜けたときに見せる所作を彷彿とさせる。
それでも、わからない。一体、なんだったの?










「でも、どうやって鈴実を探す?」
清海がそう言う。あたしはお姉ちゃんがいたから偶然合流できたようなものだし。
お姉ちゃんが明夜って人と繋がってなかったら大変だったなー。
「ねぇお姉ちゃん、今の手持ちに水晶ある? 占いで探せるんでしょ?」 
そういえば、お姉ちゃんは占いができるんだった。探し物を見つけるのが特に得意。
……動機の、なくしたお金を見つける占いだけはいまだに成功したことないみたいだけど。
別に水晶じゃなくても、透明だったり光を反射するものなら金属片でも良いらしいって話。
「調査の帰りだから持ってないわ……あ、そうだわ。レリ、鏡を持ってるでしょ。私のお金で買った」
う。さすがお金にはうるさいお姉ちゃん。自分のお金が関わるものには目ざとい。 
お姉ちゃんに言われた通り、あたしは素直に買った鏡を渡した。
そーいえば、ティカさんがこの鏡を聖鏡とも言ってたっけ。それでその後、のことは早く忘れよっと。うん。
「この鏡で鈴実の居場所、わかる?」 
「ええ、聖鏡になら出来るわ」 
お姉ちゃんは鏡に片手をかざして、何か唱えた。
すると、鏡に人影が映った。何かが動いたような気もしたけど。
気のせいかな? 逃げ去るようにいなくなったようにも見えた。
「あれ。どうしてパクティもいるの?」 
「鈴実のことを気に入ってたからな。どっかに連れて行く気か?」
「あー、なんでそんな奴の後についてくの鈴実ぃ」 
「ねえいなくなっちゃったよ、お姉ちゃん!」
鈴実とパクティが白い円陣の上を通ったかと思うと、二人が消えた。
それからすぐ、さっきとは違う風景が写し出された。そしてその中に突然二人が現れる。
「他の場所に移ったの?」
「さっきのも転移の魔法陣よ。模様は多少違ったけど……よく知ってたわね、あんな場所にあること」
お姉ちゃんは、そう言って顔をしかめた。
珍しくお金の絡まないことで表情を変えた。あのお姉ちゃんが。
「見たことのある場所だな」 
「って、あの建物……お城よ? 角を曲がったほんの近くじゃない!」
レックとカシスの会話から、鈴実が近くに来てることがわかった。
実はもう、宮殿前には鈴実以外全員集合してたから。
「じゃあ、さっさと鈴実を回収しなきゃね。またパクティに連れていかれるかも」
どっちの角を曲がればいいのか誰も教えないから清海と靖が反対方向へ走り出したよ。
清海は左の角を、靖は右の角を。美紀? 二人を焚きつけておいて、自分では何も動かなかったよ。
「あ、パクティが消えた。これはどういうこと?」 
鏡が何も写さなくなった。探し物が近くにある場合は写せないって言ってたから、つまり。

左の角で清海が歓喜の声を上げた。少し遅れて靖の声も聞こえ始める。
清海が鈴実の手をとってあたしたちのところまで戻ってきた。
「良かったぁ、これで皆揃ったね!」 
「ごめんなさい、遅くなって」
「安心したら腹減ったな。昼飯にしようぜ」
そうだ、そろそろお昼時だっけ。道行く人達も吸われるように食べ物屋へ流れてる。
「レストランとかに行きましょうよ」 
「そうこないとな!」 
鈴実が苦笑しながら提案すると靖はまだ入ってもないのに、注文は何にしようか考えていた。
やっぱり、このいつもの五人じゃなきゃね。誰か一人でもいなかったら調子が狂っちゃう。
これだけは、異世界に来ても変わらないよね。
あたしは、いつかイギリスに戻らなきゃいけない時が来るけど。それまでは。
「全員揃ったことだし観光だ、観光! ラミの話じゃ、あと二日は城に入れないんだ」
「はいはい。わかったわよ」
レックが喜んで、理由をもってカシスに言う。心なしか、カシスも楽しそうな顔をしてる。
お姉ちゃんと二人が知り合いっていうのも初耳だった。
でも……この世界、なんだか良いかも。





NEXT

な、長っ……! かたや姉を見つけて大はしゃぎし(本当に何年ぶりだ)つつも幻滅し(金に煩い)つつ、 かたやデートし(←本人に言ったら殴られそう)つつも戦闘繰り広げ(巻き添え)つつ。 どんな迷子やねん。そんなお話です。